朝もやの中から優しく顔を出す太陽、果てしなく広がる稲の海――まるで自然が織りなした生きた絨毯のよう。ここはバリ島タバナン県にある村、ジャティルウィ。その美しさだけでなく、田んぼ一枚一枚、水路一本一本に込められた深い意味によって、ユネスコ世界遺産にも登録された場所です。
ジャティルウィは単なる観光地ではありません。何世代にもわたり守り続けられてきた、命ある芸術作品です。さあ、人と自然、そして精神性が美しく共存するジャティルウィの物語を一緒に旅してみましょう。
歴史
ジャティルウィは、「偶然できた」観光地ではありません。現代の流行や資本によって作られたものではなく、数百年にわたる人と自然の調和が育んだ場所です。
記録によると、ジャティルウィはかつてタバナン王国の時代から重要な農業地帯でした。バトゥカウ山の斜面に位置し、肥沃な土壌と豊富な水源に恵まれ、稲作には理想的な環境です。9世紀頃には、プラ・ルフル・プタリやプラ・タクス・アグンなど、稲の女神に捧げられた寺院も建立されました。
王国時代、ジャティルウィは高品質な赤米の産地として知られ、自然や神に敬意を払った農法が行われていました。
植民地時代、多くの農地がプランテーションに変えられる中、ジャティルウィの農民たちは伝統を守り抜きました。その努力によって、現在も手つかずの美しい景観が残り、世界的に評価されることになったのです。
世界遺産登録への道のりは簡単ではありませんでした。文化活動家たちの働きかけ、膨大な資料作成、そして何より地元住民の強い意志があったからこそ、実現できたのです。
ジャティルウィの意味
「ジャティルウィ」とは、バリ語で**「jati(真実、本物)」と「luwih(美しい、優れている)」を合わせた言葉で、直訳すると「真の美しさ」**を意味します。
これは偶然の命名ではありません。この土地と人々の魂を象徴する名なのです。
標高約700メートル、バトゥカウ山の斜面に広がるジャティルウィは、涼しい気候、美しい景観、そして平和な空気に包まれています。そしてここでは、世界でも類を見ない伝統的な灌漑システム――**スバック(Subak)**が今も息づいています。
スバック:世界が認めた文化遺産
2012年、バリ島の文化的景観としてスバックシステムがユネスコ世界遺産に登録されました。その中でもジャティルウィは象徴的な存在です。
スバックは単なる水利システムではない
9世紀に誕生したスバックは、単なる水の管理技術ではありません。バリ哲学**「トリ・ヒタ・カラナ」(神・人間・自然の調和)**を具体化した存在です。
ジャティルウィでは、農民たちは単に水と稲を管理するだけでなく、精神的なバランスも大切にしています。水は「神の恵み」として扱われ、個人の所有物ではなく、平等に分かち合うものなのです。
一滴の水も協力の上に流れる
スバックは、リーダー、メンバー、そして水の女神を祀る特別な寺院を持つ共同体によって運営されます。農民たちは定期的に集まり、水の分配について話し合い、また儀式を通して自然への感謝を表現します。
絶景の棚田
棚田は世界中にありますが、ジャティルウィの棚田には特別な魔法が宿っています。歴史と伝統、共同体の心が一体となり、リズムを奏でるかのような光景です。
自然と調和した芸術作品
棚田は山の地形に合わせて完璧に設計され、まるで天に向かって階段を登るかのよう。透明な水路が田んぼをつなぎ、細道が縫うように走っています。
命の流れを感じる
朝のジャティルウィでは、農民たちが笑顔で挨拶し合い、協力しながら作業しています。ここでは農業が単なる生計手段ではなく、神聖な行為とされています。
コミュニティと保存活動
多くの観光地とは違い、ジャティルウィは今もなお生きた村です。ここに暮らす人々こそが、この文化遺産を守る真の担い手です。
農民たち:伝統の守護者
工業化や大規模開発の波にもかかわらず、村人たちは農業を守り続けています。若者たちも自発的に祖先の道を受け継ぎ、田んぼを耕しています。
エシカルツーリズム
ジャティルウィでは観光もコミュニティ主導で行われています。観光収益は保存活動、教育、村の発展に充てられています。大型ホテルやショッピングモールはなく、あるのは地元のゲストハウス、ワルン(食堂)、そして村のガイドだけです。
ジャティルウィでできること
ジャティルウィは派手な観光地ではありません。それが最大の魅力でもあります。
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棚田トレッキング
1kmから7kmまでのコースがあり、自然のリズムに合わせて散策できます。小川のせせらぎと霧に包まれながら歩く体験は格別です。
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伝統行事や祭礼への参加
運が良ければ、稲の女神への祈りの祭りに立ち会うことができるかもしれません。
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伝統農法を学ぶ
一部の農家では、稲の植え付けや有機野菜栽培、スバックの仕組みを体験できるプログラムも提供しています。
ジャティルウィが特別な理由
棚田は多くあれど、ジャティルウィには「価値」と「生き方」が息づいています。
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有機赤米:味と伝統
ジャティルウィの赤米は化学肥料を使わず栽培され、豊かで深みのある味わい。神への供物にも使われます。
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深く根付いた農業文化
水への感謝、収穫祭――すべてに自然と共に生きる心が込められています。
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未開発の自然
伝統的な土と石の水路を流れる清らかな水は、自然と人との調和の証です。
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強いコミュニティ精神
地元民たちは大型開発に反対し、訪問者に自然と文化の尊重を呼びかけています。
入場料
ジャティルウィへの入場料金は以下の通りです:
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外国人 大人:75,000ルピア
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インドネシア人 大人:25,000ルピア
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子供(国籍問わず):15,000ルピア
(※料金は現地の規定やキャンペーンにより変更される場合があります)
まとめ
ジャティルウィは、単なる美しい棚田ではありません。人と自然の調和の生きた証なのです。その古の智慧と素朴な暮らしは、今も世界中の人々に感動を与えています。
一滴の水、一つ一つの儀式、そして共同体の努力――それらすべてが、持続可能性とは「敬意とバランス」であることを静かに教えてくれます。
ジャティルウィを訪れることは、感謝と調和、そして地球との一体感を再発見する精神的な旅なのです。
田んぼが緑に輝き、水が自由に流れ、子供たちが畦道を駆け回る限り、ジャティルウィは生き続けるでしょう――世界遺産であるだけでなく、人類の心の宝物として。